石川直樹さんのインスタグラム写真 - (石川直樹Instagram)「For Himalayas⑮#Shishapangma. シシャパンマに登頂できなかった。ぼくの目の前で、あまりにも壮絶な出来事が起こった。おそらく山岳史に刻まれる事件になる。見たことを正確に書く必要がある。これは自己表現ではなく、記録であるべきだ。 . 10月6日ABCを朝5時に出発した。インスタグラムには2200字という制限があるため、このあたりの過程はすべて割愛せざるをえない。 . 10月7日朝、周囲が少しずつ明るくなってきた頃、最後の急斜面の取り付きに、ぼくたちイマジンネパール隊とエリートエクスペディションの合同隊が到達した。 すると、後ろからテンジェンラマ率いるジーナたちがやってきた。ラマはクリスティンハリラと14座登頂を終えたばかりの猛者で、ジーナが雇った最強シェルパである。 . ラマに率いられたジーナたちは鬼気迫る速さで、ぼくたちを追い抜いていった。Fixロープは当然ないから、ラマはダブルアックスで先頭を行き、ロープを結んだジーナをガンガン引っ張っていった。その先には、エリートエクスペディション隊から抜け出たアンナたち3人がいた。 . ここから、「アメリカ人女性初14座登頂」というタイトルを賭けた、アンナ(+シェルパ2人)VSジーナ(+シェルパ2人)の仁義なき戦いが始まった(アンナもジーナも、共に13座に登頂、シシャパンマが最後の山だった。この競争の無意味さ、或いは、この競争から引き起こされたと言ってもいい今回の遭難に関する推察は、また別の機会に)。 そして、その次、3番目に、ぼくとキルーシェルパがいた。キルーはK2冬季初登頂を果たした10人のネパール人の1人で、ぼくのザイルパートナーとしては、十分すぎるほどの実力者だった。 . ぼくらを追い抜いたラマたちは左から右へまわりこむルートをとった。対して、アンナたちは直登して右へまわり込むルートをとった。 . これが運命の分かれ道だった。 . 彼女らを後ろから追う形になった自分は、自信ありげに左にルートをとったラマのほうが正しいだろうと踏み、アンナではなく、ラマ+ジーナのほうのルートに進んだ。 強風が吹き荒ぶなか、左から右へまわり込むと緩斜面となり、ぼくとキルーは一息つくことができた。対決状態の2チームの姿はすでになく、先に進んでいた。ぼくとキルーは、先行2チームを追う形で、長いトラバースを開始。 . トラバースをすぐに終えて、右手に直登していったのがアンナたちで、ジーナたちは右手に折れることなくさらにトラバースを続け、そのずっと先から上へ、直登していくのが見えた。 つまり、先行2チームは違うルートで、それぞれの頂を目指していた。 ぼくたちの見立てでは、割と直近にシシャパンマに登頂した経験をもつラマが導くルートが正しく、アンナたちは、稼いでいる標高では優っていても、頂上を間違えていて勝負はついていたように思えた。 . ぼくとキルーはトラバースを続け、写真にも写っている、右にデカいセラック(氷塊)のある地点で、行動食を食べることにした。トラバースはまだまだ終わらないが、その先に休めるところがないように思えたからだ。 . すると、その先で、上からチリ雪崩がくるのが見えた。ぼくとキルーはセラックに守られて無傷。が、途端に無線が交錯していった。誰かが流されたらしい?それがアンナたち3人だとわかり、ただ事じゃない様子が、数分後には伝わってきた。 . しばらくすると、流された3人のうち、カルマというシェルパがなんと生きていて、アンナともう1人が見つかっていない状態であることを把握した。ぼくの目視では生きているのが奇跡、と思われる標高差の滑落だった。 . 先に進んでいたラマやジーナが、アンナたちがぶちあたった雪崩を知っていたのかはわからない。無線の周波数はイマジンとエリートは同じだが、ラマたちは違う周波数の無線を使っていたからだ。 . これは、ジーナやラマの名誉のためにも言っておく必要があるが、彼女たちは、この1回目の雪崩でアンナたちが流されたことを知らなかった可能性がある。別ルートで、離れたポジション、しかも似通った標高にいたわけで、自分たちの登攀に夢中だとすれば、ジーナたちは、アンナたちが流されたかどうかなんて確認できなかったのではないか、と。 . 結果的にラマとジーナたちは、登り続けた。 3番手に位置していた自分とキルーは、はるか後方にいたミンマGと無線で連絡を取り合い、引き返すことを決めた。アンナたちが流された最初の雪崩で「これ以上進むのは危険」と判断したからだ。それが、この写真を撮った7800mくらいの場所である。 . が、話はここで終わらない。 . 引き返しはじめ、一息つける緩斜面まで戻りきる直前に後ろを振り返ると、また雪煙があがっている?2度目の雪崩が起こり、ジーナやラマが登頂直前に流されたのだ。 ぼくが撮ったこの写真に、小さくジーナたち3人が固まった状態で写っている(2枚目)。あと50mくらいで頂上だと思うが、どうだろう。 . 2度の雪崩に最も間近で遭遇し、アンナやジーナたちと一番近くにいたのが、自分とキルーだった。シシャパンマは彼女らの遭難によって今シーズンの閉鎖が決まった。海外のメディアが取り上げはじめている今、まず一報をここに記す。」10月10日 7時58分 - straightree8848

石川直樹のインスタグラム(straightree8848) - 10月10日 07時58分


For Himalayas⑮#Shishapangma.
シシャパンマに登頂できなかった。ぼくの目の前で、あまりにも壮絶な出来事が起こった。おそらく山岳史に刻まれる事件になる。見たことを正確に書く必要がある。これは自己表現ではなく、記録であるべきだ。
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10月6日ABCを朝5時に出発した。インスタグラムには2200字という制限があるため、このあたりの過程はすべて割愛せざるをえない。
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10月7日朝、周囲が少しずつ明るくなってきた頃、最後の急斜面の取り付きに、ぼくたちイマジンネパール隊とエリートエクスペディションの合同隊が到達した。
すると、後ろからテンジェンラマ率いるジーナたちがやってきた。ラマはクリスティンハリラと14座登頂を終えたばかりの猛者で、ジーナが雇った最強シェルパである。
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ラマに率いられたジーナたちは鬼気迫る速さで、ぼくたちを追い抜いていった。Fixロープは当然ないから、ラマはダブルアックスで先頭を行き、ロープを結んだジーナをガンガン引っ張っていった。その先には、エリートエクスペディション隊から抜け出たアンナたち3人がいた。
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ここから、「アメリカ人女性初14座登頂」というタイトルを賭けた、アンナ(+シェルパ2人)VSジーナ(+シェルパ2人)の仁義なき戦いが始まった(アンナもジーナも、共に13座に登頂、シシャパンマが最後の山だった。この競争の無意味さ、或いは、この競争から引き起こされたと言ってもいい今回の遭難に関する推察は、また別の機会に)。
そして、その次、3番目に、ぼくとキルーシェルパがいた。キルーはK2冬季初登頂を果たした10人のネパール人の1人で、ぼくのザイルパートナーとしては、十分すぎるほどの実力者だった。
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ぼくらを追い抜いたラマたちは左から右へまわりこむルートをとった。対して、アンナたちは直登して右へまわり込むルートをとった。
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これが運命の分かれ道だった。
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彼女らを後ろから追う形になった自分は、自信ありげに左にルートをとったラマのほうが正しいだろうと踏み、アンナではなく、ラマ+ジーナのほうのルートに進んだ。
強風が吹き荒ぶなか、左から右へまわり込むと緩斜面となり、ぼくとキルーは一息つくことができた。対決状態の2チームの姿はすでになく、先に進んでいた。ぼくとキルーは、先行2チームを追う形で、長いトラバースを開始。
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トラバースをすぐに終えて、右手に直登していったのがアンナたちで、ジーナたちは右手に折れることなくさらにトラバースを続け、そのずっと先から上へ、直登していくのが見えた。
つまり、先行2チームは違うルートで、それぞれの頂を目指していた。
ぼくたちの見立てでは、割と直近にシシャパンマに登頂した経験をもつラマが導くルートが正しく、アンナたちは、稼いでいる標高では優っていても、頂上を間違えていて勝負はついていたように思えた。
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ぼくとキルーはトラバースを続け、写真にも写っている、右にデカいセラック(氷塊)のある地点で、行動食を食べることにした。トラバースはまだまだ終わらないが、その先に休めるところがないように思えたからだ。
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すると、その先で、上からチリ雪崩がくるのが見えた。ぼくとキルーはセラックに守られて無傷。が、途端に無線が交錯していった。誰かが流されたらしい?それがアンナたち3人だとわかり、ただ事じゃない様子が、数分後には伝わってきた。
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しばらくすると、流された3人のうち、カルマというシェルパがなんと生きていて、アンナともう1人が見つかっていない状態であることを把握した。ぼくの目視では生きているのが奇跡、と思われる標高差の滑落だった。
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先に進んでいたラマやジーナが、アンナたちがぶちあたった雪崩を知っていたのかはわからない。無線の周波数はイマジンとエリートは同じだが、ラマたちは違う周波数の無線を使っていたからだ。
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これは、ジーナやラマの名誉のためにも言っておく必要があるが、彼女たちは、この1回目の雪崩でアンナたちが流されたことを知らなかった可能性がある。別ルートで、離れたポジション、しかも似通った標高にいたわけで、自分たちの登攀に夢中だとすれば、ジーナたちは、アンナたちが流されたかどうかなんて確認できなかったのではないか、と。
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結果的にラマとジーナたちは、登り続けた。
3番手に位置していた自分とキルーは、はるか後方にいたミンマGと無線で連絡を取り合い、引き返すことを決めた。アンナたちが流された最初の雪崩で「これ以上進むのは危険」と判断したからだ。それが、この写真を撮った7800mくらいの場所である。
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が、話はここで終わらない。
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引き返しはじめ、一息つける緩斜面まで戻りきる直前に後ろを振り返ると、また雪煙があがっている?2度目の雪崩が起こり、ジーナやラマが登頂直前に流されたのだ。
ぼくが撮ったこの写真に、小さくジーナたち3人が固まった状態で写っている(2枚目)。あと50mくらいで頂上だと思うが、どうだろう。
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2度の雪崩に最も間近で遭遇し、アンナやジーナたちと一番近くにいたのが、自分とキルーだった。シシャパンマは彼女らの遭難によって今シーズンの閉鎖が決まった。海外のメディアが取り上げはじめている今、まず一報をここに記す。


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2023/10/10

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